武士道と日本型能力主義 (新潮選書)



武士道と日本型能力主義 (新潮選書)
武士道と日本型能力主義 (新潮選書)

ジャンル:歴史,日本史,西洋史,世界史
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武士道の再考を促す良著

武士道といえば、盲従、没個性のように言われることが多い中で、丸山真男の「忠誠と反逆」のような、主体的な意思と責任感を持って主君の過ちに対しては「諫言」や「押し込め」といった手段に出ることも多々あったということが紹介されている。
江戸時代には、身分制度も実はそこまで固定化されておらず、能力や功績による登用が制度として保障されていたことなどは歴史の認識に対しても新しい切り口を見せてくれる。
その中で、終身雇用制度自体に問題があったのではなく、「バブル」という特殊な環境下で歪められた制度として捉えることは、これからの「日本的経営」にもひとつの道しるべとなるであろう。
ただ、このような武士道を扱った本は、大抵「武士道」=「日本人の根幹思想」とする向きがあり、この本でも例外ではない。しかし、武士道だけに留まらず、儒学などにしても、「武士」という「特権階級」の思想であって日本人全員がその論理に従って生活していたわけではなく、町人や農民はむしろ独自の倫理、論理を持って活動していたのではないか。
その部分をもっとクローズアップすれば、日本の伝統思想の素晴らしさだけではなく今なお底流する伝統思想の問題点もみえてくるのではないかと思う。
本当の年功序列

バブル期からつい最近までの年功序列では、男に生まれて会社さえ辞めなければ部長には誰でもなれた。能力のない上司の下で働く能力のある部下の悲劇。これが何度繰り返されたことか。お陰で能力のない人間に全てレベルを合わせなければならなくなって、今日がある。笑えない事実だ。
しかし、その年功序列は誤解から出来ていた。日本本来の年功序列は実力主義の中で行われていた。その小気味良い事実がこの本には書かれている。成果がなかなかでない会社の経営者、リーダー必読書だ。西洋文化から取り入れた実力拝金主義を実行している間、良い社員は育たない。松下幸之助氏の実行した「物を作る前に人を作れ」には武士道は願ったりかなったりだ。
そのためにもこの本はバイブルにしても良い。
日本型能力主義人事を歴史的に析出


 先ず、本書を読み終えて瞬時に思い浮かんだのは、以下の2点であった。
 即ち、「急進的な反成果主義者」で、雇用における「日本型年功制」のメリットを主唱する高橋伸夫・東大教授にとって、まさに歴史的な文脈を通して「我が意を得たり」となるであろう、ということ。
 2点目として、明治政府の「官吏服務規律」で「官吏は、その職務につき本属長官の命令を遵守すべし。但しその命令に対し、意見を述ることを得」という規定があるのだが、私も気がつかなかったその「但し書き」の存在である(本書第10章)。この「但し書き」は、所属長の命令に対する一種の「異議申し立て」を明文的に保障していた、という事実を物語っている。
 このことで想起されるのは、後藤田正晴氏が昭和61年7月、中曽根内閣の官房長官として着任挨拶した際の有名な「後藤田5原則」の3番目「意見を以て意見具申せよ」である(後藤田正晴著『政と官』講談社PP.116-117)。下僚に対してこうした訓示をせねばならぬほど、日本の官僚は「物言わぬ集団」と化してしまったのかと考えさせられたが、官僚のモラルハザードの淵源も、案外この辺りにあるのかもしれない。

 さて、本書の特徴は、先ず第一に、ステレオタイプ的な「武士道」の解釈を一擲し、特に「徳川時代の武士道においては、個々人は自立の精神を保ちつつ、同時に組織の繁栄をも追求するという、組織と個人との両立的尊重をもって理想としていた」(本書「まえがき」)ことを論証している。その具体的な事例として、著者は「武家屋敷駈込」「主君押込」という二つの慣行を挙げている。
 取り分け、後者の「主君押込」の思想は、広く商家にも行き渡っていたと思われ、「商人たちの家でも事業の永続性を保証するため、親族や番頭たちは必要があれば主人を廃嫡とし、新しい主人を迎(え)入れることに躊躇はしなかった」(武田晴人著『日本人の経済観念』岩波書店P.150)とみられている。
 次に、本書の最大のポイントである「能力主義的な人材登用」のシステムである。
 徳川幕藩体制下にあって、個々の身分秩序は文字通り「岩のごとし」の観であるわけだが、徳川吉宗などの英邁なリーダーたちは「足高制(たしだかせい)」等の導入を通じて、アドホック(その場限り)ではない実に巧みなOJT型の「能力主義的昇進システム」を編み出していたのだ(商家については、武田氏の前掲書第4章に詳述)。
 このことは、幕末期における対外的危機(まさに国家的危機と言って良い)に対処した川路聖謨(勘定奉行)・井上清直(外国奉行)兄弟などの出自をみれば歴然とする。
 著者も語るように、「幕末の最も困難重大な時期に、出自のいかんを超えてあれだけの人材を枢要の部署に配置し、その能力を存分に発揮させえたことは、そして日本の独立を堅持し、近代国家形成の礎を築いたことは、徳川幕府の、そして武士社会の深く名誉とするところなのである」(本書P.195)。

 最後に著者はこう述べる―どうして日本から世界標準を作り上げ、提案していくという発想ができないのであろうか、と。そして、欧米型の個人主義(individualism)とは異なる、個人の自己実現と組織の発展とを捉えようとする「武士道モデル」を日本以外の国々に対して提案しても、決して恥ずかしくないものと確信している、と(本書第10章)。



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